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コラム2010年6月

い き て い る

平成22年6月1日

博愛病院 院長   山崎 剛

薫る5月、甘夏(ミカン)の花の薫りが心地よく病院をおおいます。病院の小さな庭の草木達も色とりどりの花を咲かせ、萌えています。昨年、一昨年とミツバチが来ませんでしたが、今年はミツバチ達が多くやって来てくれました。ミツバチを見ながら、子供の頃、学校に行きたくなくて、レンゲ草の中でミツバチ達と一緒にレンゲの蜜を吸い、土手のスカンポをかじり、又蜜を吸って過ごした日々の事を思い出します。

今年は例年になく開花時期に雨が多かったり、寒暖の差が激しく、突然霜がおりたりし、結実しえなかった甘夏が何千何百と落ちてしまいました。来年食べる甘夏は少ないな。一個の甘夏のおいしさは例年の“十倍もニ十倍もおいしいかもしれない”楽しみだ。しかし自然を相手に仕事をしている人は大変だ。いつも病院に背をもたせ、杉の切り株に腰を下ろし、行き届いた庭を見ながら、幸福を“ここにも”“あそこにも”と身の回りにいっぱい感じて過ごしています。

ラスアゲハや長崎アゲハが仲良くヒラヒラ舞いながら、甘夏の木に卵を産み付けています。小さなイモムシも美味しそうに若葉をもくもくと食べています。サナギが蝶になる時期を待っています。庭にはトカゲが2種類いて、お互いを避けながら足早に走り抜けていきます。両足を交互に上げ、気持ちよさそうに日向ぼっこをしています。その滑稽な仕草に心が和みます。幸福は「ちょっとした事に気付く」ことだと考えます。

5月1日発行の院内新聞の原稿が書けなくて、責任者から何度も催促を受けています。M先生の事を書いています。書いては破り、破っては書いています。癌の事、転移の事、淡々と我々に話されていましたね。お身体も辛かっただろうに“癌になって初めて分かった事があるので、それを職員に伝えたい。そして看護と介護の仕事に役立ててほしい”と自分を通して入院患者さんの博愛病院で過ごされる「残りの人生を大切にしてほしい」と話されていました。

先生が話されている時、丁度今の私と同じ65歳で亡くなった母の事を同時に考えていました。父が子供達全員集めて、母が子宮癌であり、お腹に転移している事でした。幼少の弟が正座してきちんと聞いている姿が今の私の心です。“頑張れ!”って。M先生は死を受け入れられておられるのに、私は先生の死が受け入れられない。自分がこんなんじゃ先生は死について話したくても、話せないだろう。何十人、何百人の臨終の場に立ち会いながら“死を見つめる”ってどんなことか、今まさに自問自答しています。先生と共に死をみつめる事が一番大切なことと自分に言い聞かせています。

も人間として死ぬ運命の人間です。死は先生と同じで、先生がちょっと先輩になる可能性が高いに過ぎない。“人間誰でも死ぬっちゃけん、取り乱さんように死ねたらよか。癌の再発は悲しか。周りに迷惑かけんように死ねたらいい。”と話されてました。先生は今、IVHで口から食べられなくなっておられます。医療はもはや死を止めることは出来ない状態です。先生は穏やかな顔で、目を静かに閉じておられます。お身体をさすっていると、あの大きな澄んだ目を開け、“剛君ありがとう!”両手を合わせられました。そして“人間は愛!愛やけんな”と言われ、その声があまりに大きく、力強かったのでびっくりしました。そして又静かに目を閉じられました。

口腔ケアのご指導をされている先生は死ぬことなど全然考えておられないように見えました。我々への口腔ケアのご指導は先生にとって“生きる希望であり、生そのものだった”と考えています。今、博愛病院ではM先生のご指導の基、日々口腔ケアを実践しています。患者さんの死に至るまでの生の期間“生きる希望を失わせないようにしたい”今はただその事を考え、一生懸命与えられた仕事の大切さを感じながら、博愛に集っていただいている皆様と頑張っていきたい。

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