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コラム2008年11月-1

“朝の光”つゆくさ

平成20年11月1日

博愛病院 院長   山崎 剛

のじりじりとした暑さが過ぎ、さすがに山々は少しずつ色づき始め、涼風が柔らかく身をつつむ今日この頃です。

年8月急病し、何を思ったのか今年2月より絵を描いています。10月現在28作描きました。27作目の“朝の光”つゆ草は汗をかきながら描いています。厳しい暑さをさけ、朝日に輝きながら庭の梅の木の周りに咲いていました。病院の庭の悪条件の土地の中でも生きる強いつゆ草ですが、昼にはしぼんでしまいます。つゆ草は私の心に染み付いた母の花です。

は気遣い、心遣いのある人でした。正直で、善良に生きていました。誰にも笑顔を絶やさない忍耐強い方でした。それは、しっかりとした家庭の基盤でもありました。私は、いつの頃から守られ育ってきた自分が、立場が逆転して生きています。

療、福祉はまさに冬の時代といっても言い過ぎではありません。私は、政治や経済の流れに押し流され、その主体性を失いかけています。私の必要度を遥かに超えた大量の情報と情報の変化に消化不良の状態です。社会の高速化に、目まぐるしい移り変わりに、医療、福祉はあたかも大海の荒波に翻弄される捨て小船のようです。私は情報の選択と判断を誤らない様に考えている自分の無力さに、不甲斐無さを感じています。社会が劣化していていく中、国家権力や経済社会の力にとらわれている自分がおかしいのです。国家権力や経済社会の変化にひきずりまわされないで、目の前に山ずみされた問題を、逆に意のままに駆逐してゆく主体性が、真に生き甲斐のある人生を生き抜くものだと考えています。大切な事は、今ある状況ではなく、今ある状況をどう乗り越えるかです。

朝の光 デッサン

“朝の光”(つゆくさ)


が現在、押しつぶされてないのは、母の強さと考えています。そして、家族や職員の皆様、患者さんによるものだと考えています。乗り越えようとする自分が描けていればいいんですけど、気持ちを色に置き換え、貼り付けていく事は難しい。

はいま、神棚にあります。

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