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コラム2008年3月

『山茶花と冬至梅』

平成20年3月1日

博愛病院 院長   山崎 剛

冬至梅

を描く事は、小中学の美術の授業以来である。中学時代の美術の授業は三段提で遊ぶ、楽しい時間だった。(現浦山公園)。最近“心にある物が思うように伝わらない”事が多く、もどかしい。心にある物が自由に表現でき、相手に伝わればどんなにすばらしい事だろうと思う。自分の表現には他人と違うものがあり、相手に異なるイメージを与えてしまう。父から“自分が正しければそれでよい。相手がどう自分の事を思おうとも、どうあろうと、自分は自分。”“運鈍根”のマイペースの生き方を教わった。それが、私の対人関係が上手くいかないトラウマなのかも知れない。

この時期(2月4日母の命日)になると不思議と母が懐かしい。病気で苦しむ母の前で“一度でいいから強い人間になりたい。”と思い、一生懸命努力した。それが自分の人生の出発点。痛みに耐え、どんな限界の状態でも、どんな絶望の状態でも耐えていた母が、2月4日、突然“ツーちゃん、死んでもいいね”と私に言った。私は“うん、よかよ”と答えた。65歳の若さである。

 

山茶花
分がどんな顔をして、どんな姿で母と向かい合っていたかを考えてしまう。母が死んでいいなんて夢にも思っていない。そんな気持ちを描きたくなって描いたのが『山茶花』と『冬至梅』である。山茶花は45年前、母が買ってきたもので、ナポレオン石の前に植えてある。冬至梅は2月5日に緑化センターで買ってお墓に供えている。形にしたものが出来上がったが、自分の描こうと思ったイメージと全く異なったものが出来上がった。母への思いが自分で全く表現できていない。しかし、今の向かいあっている困難を乗り切ろうとする気持ちが絵に描かれていると感じている。“こんなにコントロール出来ない物となぜ向かいあうのだろう?”今はそんな気持ち・・・。とりあえず絵筆を取って、人生の歩き方を変えて生きてみよう。

 

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